金環食の そのあとで…
         〜789女子高生シリーズ

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。
 


       4



Q街駅前の繁華街の顔は、
その壁面に大型マルチビジョンがついたショッピングマートビルと、
M区のお顔、ホテルJには及ばぬが、
シティホテルと呼ぶにはグレードもやや高め、
都心にあっても遜色なかろう
レベルと規模の大型ホテル“Q”と言われており。
政財界やら芸能界やらの有名人が、
広間で講演会を開いたりディナーショーを催したり、
結婚披露宴の場とすることでも知られていて。
最上階のラウンジを始めとする、
エステサロンやレストランなど、
下階と上階とに商業フロアのある側の棟は、
その両者を直通で結ぶ展望リフトつきで出入りや移動をしやすいものだから、
宿泊はしない、若しくは大広間での催しには招待されていないという客が、
素通り感覚で運びやすいようで。

  それで…と、
  一緒くたな言いようをしちゃあいかんのだろうけれど

困った物品の取引現場として、
此処の一角、商業棟側にある事務所のどれだかを、
偽名でキープしたグループがいるらしいことが、
警視庁と所轄署の地道な捜査で徐々に炙り出されたものだから。
取引の現場を ていっと、
言い訳も言い抜けも利かんぞと押さえ込んでやるべく。
小者の出入りにじりじりしつつも我慢を重ね、
此処で取り交わされたのだろ約束ごとにて加勢がついた、
本来ならば小粒な組織の暴れっぷりにも、
目に余る部分をして検挙出来なかないところ
それでも じっとじっと我慢をし。

 『明日の朝は例の金環食で、
  人目も大きに逸れると見越しているのやも知れん。』

危険な物品の大きめの取引とそれから、

 『パスポート偽造の職人を、
  高飛びさせるつもりでいるらしくてな。』

小粒な組織の子飼いゆえ、
国内での作業は現場確保が難しくて限度となったため。
相手方の持つコネで、
お隣りの半島へ構えた事務所へ移るらしいとの情報が拾えたところで、
機は熟したと関係各位が奮い立っての今宵の張り込み。
問題の事務所への人の出入りをチェックする一方で、
周辺に居並ぶ事務所スペースを、
日曜ですし早上がりやお休みにしていただけませんかと、
数日かけて極秘に働きかけてと。
根回しや下準備という仕込みにも念を入れ、
さあいよいよの本日当日を迎えたガサ入れだというに。

 「何でお主がおるのだ、七郎次。」
 「お仕事だとは」

存じませんで…では通らんぞと、
今宵ばかりは厳しいお顔で、
コート姿の女子高生、金髪のお嬢様を見やっておいでの、
警視庁捜査一課強行係島田班、鬼班長・勘兵衛 警部補殿。
一見すると、何だか…いけない商売をしているところを見とがめられた、
出稼ぎ外国人少女の補導の図のようでもあったれど。

 「あのあの、勘兵衛様。
  彼女に見つかってしまった私が悪いので。」
 「いいや、お前は黙っておれ。」

エレベータに乗っていたところを不味いお人に見つかっちゃった、
島田警部補の腹心、佐伯征樹巡査長が、
ややもするとおどおどと、
どうかお怒りをお静めくださいという姿勢でもって、
直属の上司へお伺いを立てたものの、あっさりと一蹴されており。

 「何だどうした。」
 「あの佐伯にもおっかないものはあったんだな。」
 「そりゃあお前、島田さんだぜ。
  怒らせたんなら怖くないはずなかろうよ。」

合同捜査でチームを組んでいる所轄の方々は多少は遠慮もなさるが、
同じ班の顔触れは容赦がない。

 「でも、あれって班長の親戚の姪御さんだろよ。」
 「だよな。
  それがついて来たってのを、
  何で佐伯がああまで恐縮してるんだ?」
 「もしかして、
  なさぬ仲というか、
  班長だけは認めてないけど恋仲だとか?」
 「あーそれはあるかもな。」
 「佐伯が悪いってんじゃなく、
  刑事って職業は俺だってお薦め出来んし。」

な、何か話がこじれてますが。(苦笑)
こじらしたのなら卵酒飲んで寝てろとか、
ありきたりな冗談口も言えないまま。
うあー、
俺が迂闊だったばっかりに叱らせちゃってごめんなさい〜〜っと。
本格的なガサ入れを前にした緊張なんてどこへやら、
恐縮したおし、ただただごめんなさいというお顔になってりゃあ、
そのくらいの誤解もされようが。(う〜ん)
そして、

 「お邪魔でしょうから帰ります。」

佐伯さんがいるのなら、勘兵衛様も張り込みとかでおいでかも。
だったらちょっとお顔を見たかっただけ、
遠目にチラッとでいいから、
厳しいお顔でいるところとか一目見たら帰ろうと思ってた。
佐伯さんが降り立った階からそそくさと非常階段の方へ向かったのも、
張り込みならば不思議はないと思ったけれど。
そのまま2階ほど下って踏み込んだフロアは妙に人の気配が薄くって。
ありゃりゃあと、
これは勝手が違うお仕事なのかしらんと気がついたときには既に遅く。

 『こんなところで何をしておるか、七郎次。』

低められてて単調ながらも、地面の底から響くよな。
ああこれは懐かしすぎる、
大戦中にたまに聞いた、
屁理屈や泣きごとを積み上げたとて、
絶対に逃げることを許さないレベルの激怒の折のお声だと。
他愛ないことへは対処を双璧に任せることも多かった、
昼行灯を故意に装っていた節も多かった、平時の勘兵衛だったれど。
彼なりの逆鱗へ触れてしまうと、
どんなささやかな事であれ、とことん思い知らさねば許さないとする、
妙に意固地なところもあって。

  ―― あああ、これってあれじゃあなかろか、と。

いやな予感へ首をすくめたお嬢様を、
他の関係者よりも いち早く見つけたそのまま、
張り込み用のお部屋まで連れ込んでからの、このお説教だったのだが、

 「帰ると言ってもどうやって。」
 「父様から、
  女性ドライバータクシーの名簿をもらっております。」

そこへ電話して迎えに来てもらうだけですよと、
ともすれば突っ慳貪な物言いになった七郎次だったのは。
選りにも選ってこのお人相手には珍しく、
カチンと来てしまったツボに、
こちらもこちらで嵌まってしまったようであり。
ちょっとはワクワクしてもいたというに、
このお子様がという憮然としたお顔を見せられて、
そこまで怒らなくてもいいじゃないですかという、
十代には特にありがちな、反発の気概がつい沸いた。
何と言いますか、
叱られた攻撃に対して、子供扱いしないでよ系統の反発というやつが、
慣れない愛想振りをし続けた直後だったこともあっての加速度的に、
どどんと膨らんでしまったようであり。

 “ああ、そういえば…。”

赴任したての頃は神妙だった少年士官は、
仕事へ慣れてくればそれなりに、
勘兵衛様相手でもつけつけと物を言った。
正論を振りかざし、自分は悪くありませんと
まま良くある誰もが通る道を、彼もまた
利かん気丸出しで通過したよなというの、
こちらはこちらでそんなことを思い出す征樹だったりし。
波乱ばかりだった戦さの時代から、
次元を越えて再び出会い、
やっぱりこの人が慕わしいとの気持ちは、
一向に変わらぬままという。
こんなにも好き同士の二人だというに、

 “ちょっとした齟齬って怖いよなぁ。”

片や、ご迷惑をおかけしてもなんだから真っ直ぐ帰りますと。
ややもすると喧嘩腰、
せっかくの美貌を鋭く尖らせ、
挑むような顔付きになって言い放つ、可憐な美少女と。
その物言いは何だと、ますますのこと怒気を増し、
危険なところへひょこりと潜り込んだ、
そんな考えなしについての釈明を聞いておらんぞと。
言ってはないけど、そうと言いたいのだろう、
その筋の恐持てを何人も震え上がらせて来た、
鬼さえ泣かすと名を馳せておいでの警部補殿と。
両者とも、一体 何がそこまで気に入らないんだろうと、
会話だけを聞いていたクチが小首を傾げていた折も折。

 「…っ、動きありっ。」
 「交渉終了。出て来ます。」

続き部屋となっていた室内の片やにて、
盗聴器で聞き耳を立てていたらしい捜査員たちが一斉に緊張し、
それぞれの手筈に従い、
携帯で別部屋に待機していた顔触れへの連絡を取ったり、
通廊へ飛び出せるようにと身構えたり。
こちらこそ肝心な正念場を迎えての緊迫に張り詰めたものの、

 「帰ると言ったら帰ります。」

そも、警察サイドの段取りも何も知らなかったお嬢様なのだから、
皆さんの緊迫の背景事情が判らないのも道理といや道理。
こんなところでこんな形で、
跳ねっ返りだった気性がお顔を覗かせてしまった白百合さんは、
現世でも剣道の学生チャンプだったものだから。
すっくと立ち上がったそのまま、
踵を返しの、入って来たドアまでをすたすたと進みのする、
足さばきや体さばきの何ともなめらかだったことか。
室内がどうして騒然としているのかにも興味はないしとのきっぱりと、
事務所仕様となっていた側の部屋、
今時の磨りガラス、
ゴツゴツした厚みのある強化ガラスの嵌まったドア前まで、
あっと言う間にたどり着き。
いつでも飛び出せるようにと身構えていた大人の皆様を、

 「…失礼。」

え?という反応にその身が一瞬集中を失う隙へと割り込み、
2、3人は先にいた面々を手際よく捌いての、
すいすいすいと立ち位置を入れ替えて、
あっと言う間に先頭に立ってしまったそのまんま、
無造作にドアを開いて廊下へ出てしまったところまで。
結構な距離があったはずなのに、
まさに瞬く間の出来事だったがゆえ、

 『いやあの、
  何かひらひらキラキラしたものが、擦り抜けてったかなぁとしか。』

一体何者が何をしたのかも把握せぬ間に、そりゃあ呆気なくもドアが開き、
外へと出てったところと、
ここからだと2つ隣りの事務所から、
妙に低いテンションで、
それでも目出度い手打ちは出来たという、
合意へ沸いてた男衆らが、
ぞろぞろと何人も何人も、
出て来たところと鉢合わせしたものだから。

 「お、何やお前。」
 「どこのクラブのネエちゃんや。」

綺羅らかな金髪におもてなし用にと薄化粧もしていて、
ビーズの縫い取りのあるドレス風のワンピースといういで立ちは、
成程 パッと見で誤解されてもしょうがない。
…というか後日に勘兵衛がこそりと漏らしたのが、
そういう恰好でいたものだから、
こんな夜中に一体何をしておるかと
つい声が張ってしまったそうだけれど。

 「今から出勤か? ええから俺らに付き合えや。」
 「せやせや、店には俺らが連絡したるで。」

取引先は関西からのお客人らだったのか、
妙に機嫌のよさげな男らが、これから祝杯や付き合えやと、
無理矢理腕を取られかかった白百合さんだったもんの、

 「何すんですか。」

気安く触んじゃねぇよ、ごら…と同義じゃないかというほどの、
それは剣呑な殺気をまとった手すさび一閃。
舞のように優美な所作にて、だがだが思い切りに手痛くも、
触れた途端という勢いで自分の手を返すついで、
相手の手をぶんっと振り払っている見事さよ。
しかも、

 「…ってぇ!」

手首のスナップのみで、
自分より大ぶり骨太だろう相手の手を、
結構幅のある廊下の端、壁へまで飛ばしている威力の物凄さ。
少女はさして手を動かしていないのに、
途轍もなく熱いものにでも触れたかの如く、
男の側が勝手に大きく手を退けた…としか見えなんだやりとりへ、

 「何だ何だ、コウジ。何をふざけたことをしてやがる。」
 「こんな別嬪さんには触ったことがないってのかよ。」

余程のこと、上々の手打ちとなったのか、
上機嫌な面々は仲間うちの方を嘲笑し、

 「ほれ、こうやってお誘いするんだよ。」

別な顔が、慣れ慣れしくも肩口を抱き込もうと思ってか、
踏み出しがてらに腕を伸ばして来たものの、

 「何をする。」

今度はずんと深みのある男の声がし、
すぐ前にいたはずの少女がささっと姿を消している。
それもまたコツがあることだろ、
ロングコートを羽織っていたので、
ベルトも見えぬ後ろ姿のどこをどう掴んだものか。
七郎次当人さえ気づかないほどの早業で、
見ず知らずのごろつきを相手に
剣呑な目付きをしていた少女を自分の背後へ押しやって、
ほんの半歩で立ち位置を巧妙に入れ替えてしまい、

 「何や何や、おっさんには用はないんや。」
 「せやで、すっこんどれや、おい。」

咬みついて負けたことがないものか、
だったら雑魚としかかち合ったことがなかったのだろ、
西からのお客人らががなり立てたのへ、

 「儂の連れへの侮蔑は許さん。」

先程からのお怒りへ、
こやつらの態度という別口の怒りが上乗せされたようであり、
だとしたら…お門違いというか、筋違いというか、
余禄が膨らんでのお怒りを突き付けられた彼らだということになるのだが、
いい迷惑かもしれないと同情してやる義理はなく。

 「そもそも、主(ぬし)らがとっとと埒を明けぬから悪い。」

   ………はい?

やや顎を引いての睨みあげという態勢で、
陰に籠もって恐ろしい響きのお声で述べられた悪態へは、

 「ちょ、勘兵衛様、これはアタシがガンつけられた喧嘩です。」

勝手に匿わないでとお嬢様が文句をつけたが、
そんな戯れ言には耳を貸さぬまま。
野暮ったいサラリーマン風背広姿でありながら、
鋼色の蓬髪を背中まで延ばしたところは
年甲斐もなく奔放自由なお人らしいという、
落ち着いて見回したなら十分に“判じ物”ぽい人物が。
そちらさんも身のうちへ揮発性をじんわりと満たした雰囲気のまま、
ともすれば恐持ての一団相手に、
威嚇以上の挑発的な視線を据えて見せた警部補殿は、
見る人が見れば、迂闊に触れてはならぬ種類の地雷のようにも見えたろが、
いかんせん、中途半端な麻薬や武器類の商売人でしかなかった連中には、
場数が足りないか、こちらさんの力量までは計れなかったらしく。

 「邪魔すんなや、おっさん。」
 「俺ら、そっちのネエちゃんに用があるんや。」

無作法な手が伸びたものの、
今度はこちらの壮年が、やはり手首の返しを一閃しただけで、

 「ぐがっ。」

手だけじゃあない、その場に立っていられないほどの圧が、
ぐんと体ごと押しのけるレベルでかかってのこと。
背後へのたたらを踏んでしまったごろつきが、
続いていた仲間の鼻先まで吹っ飛ばされた格好になったと見なされ、

 「なにしやがる、ごらっ。」
 「ええ気になっとったら切ない目ぇに遭うで、こら。」

何が起きたかは判らぬが、彼が突き飛ばしたに違いないと、
途中式はすっ飛ばし、勘だけで正解を嗅ぎ分けるタイプの荒くたい連中へ、

 「勘兵衛様、アタシの八つ当たりの的を横取りしないで。」
 「馬鹿なことを申すでない。」


  お主に限っては“女だてらに”とは言わぬがな、
  それでもこのような荒ごとへ関わってはならぬのだ、一般人めが。

  あ〜、そんな言い方よく出来ますね。
  今は年が足らないだけで、先ではアタシも警察関係者に…

  何だとっ、そんな勝手は儂が許さん!

  勝手ってなんですか、勝手って!


喧々諤々、ところどころで感情的になり合いながらの口喧嘩は、
そっちこそ真の敵、飛び掛かってくる手合いを、
邪魔だ退きなと、
横薙ぎに弾き飛ばすわ、足元を即妙に蹴たぐるわ。
恋人の思わぬ態度が 憎し恨めしという感情の発露、
早い話が八つ当たりのため、
吹っかけられた因縁を買ったんだと言いたいらしいお転婆さんへ。
そんな乱暴な腹いせを認める訳には行かないと、
ここに至って多少は理性も戻ったか、
自分が関わって間に合うことならと
島田警部補、彼女の邪魔ばかりしていたものが、
この言われようには、またぞろカチンと来たようで。

 「何や何や、二人して因縁つけよてか。」
 「ええで、ナンボでも買うたろやないか。」

もともとの因縁つけをしてきた相手の言いようへ、

 「雑魚は口挟むんじゃないっ!」
 「相手してほしいなら、まずは畳んで差し上げましょか?」

昔の主従、今は恋人同士が、
ここだけ気が合ってのこと、
八つ当たりというほぼ同じテンションで、
こんの雑魚どもがと牙を剥き、
片っ端から薙ぎ倒してしまったため、

 「…通りすがりのアベックに絡んだので、
  そこを現行犯で検挙したってことで。」
 「そだな。」
 「おおよそ、それで間違ってないし。」

他の刑事さんたちが唖然として見守ってから、
その結果への御題目を何とかひねり出し、
それで幕とした“逮捕劇”だったのだとかで。

   恐るべし、嵐を呼ぶ金環食。(違)





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 *ぐあ〜〜〜書いても書いても終らない。
  しかも、一番書きたい肝心なところへ辿り着けない。
  お分かりですよね、昨夜の乱闘なんてどうでもいいのよ。
  何でそういう構図で目覚めた二人かなのよ。だってのに…。
  すいません、しばしお待ちを…。
(苦笑)


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